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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2815号 判決

控訴人

戸泉幸男

右訴訟代理人

三枝基行

被控訴人

岡田昭進

被控訴人

株式会社不動産センター

右代表者

片山隆朝

被控訴人

鳥取快太

右三名訴訟代理人

中垣内映子

主文

本件控訴ならびに当審における控訴人の予備的請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が本件土地を所有していたこと、ならびに、同土地に控訴人主張の各登記のなされていることは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件第二の土地は、控訴人の母訴外喜ぬ(同訴外人が控訴人の母である事実は争いがない。)が所有していたものであるが、喜ぬは昭和四一年一二月七日死亡し、遺贈により控訴人がその所有権を取得したものである事実が認められ、これに反する証拠はない。

二被控訴人らは、控訴人および喜ぬが昭和四一年中に訴外内俊孝に対し、控訴人および喜ぬを代理して被控訴人岡田から金員を借入れ、その担保として控訴人および喜ぬ所有の本件土地に抵当権を設定し、代物弁済の予約およびその完結をする等の権限を与えた旨主張するけれども、本件にあらわれたすべての資料をもつてしてもこの事実を認めるには足りない。

もつとも、右金銭借入に関して作成されたものと認められる〈書証〉のうち控訴人名下の印影がすべて控訴人の印章をもつて顕出されたものであることは当事者間に争いがないが、〈証拠〉を総合すれば、右印影は、訴外内が控訴人から後記認定の建築資金調達のために預つていた控訴人の印章を委託の趣旨に反して無断で、前記借入関係書類に押捺して顕出し、控訴人の氏名も同訴外人が冒書したものと認められるので、控訴人名義で作成された右書類の控訴人名下の印影がその所有の印章で顕出され、かつこれらが内の作成にかるものであるからといつて、内が正当な代理権を授与されていたものと推認することはできない。

三〈証拠〉を総合すると、次の各事実を認めることができる。すなわち

(一)  控訴人は東京都北区滝野川六丁目において時計修理業を営む傍ら同都新宿区内等に所有する土地を賃貸して地代収入を得ていたが、マーケツト用建物を築造してこれからも賃料収入をあげようと考え、自己所有地の一部を売却して得た金で昭和四〇年六月ころ同都板橋区成増町三四一番六宅地115.73平方メートル全部および同番九宅地138.84平方メートルの共有持分四一九九分の四五五を買受けたが、さらに右地上にマーケツト用建物を建築するためには資金が不足し、その金策の目途がつかなかつた。

(二)  控訴人は、生来耳が不自由なため言語に障害があり、他人との会話はつねに筆談に頼らなければならない境遇にあつて、重要な取引等にはかねがね母喜ぬ、妻欣子等を介添えさせていたものであるところ、偶々昭和四一年一月ころ建築業を営む内と知り合いとなり、同訴外人が前記貸地の地代値上等についても控訴人に同行して交渉してくれるなど親身に協力してくれることから、前記マーケツト用建物の建築を同訴外人に請負わせることとし、妻欣子をして内との間の建物の構造、仕様、代金額等の交渉に当らせるとともにその決定権限をも妻欣子に与え、かつ、その建築資金の大半を金融機関からの借入れに仰ぐこととし、欣子および内の両名に対し、右借入れおよびこのために控訴人所有不動産を担保として提供すること、建物完成後所有権保存登記をすることについての代理権を与え、その所有にかかる本件第一の土地の登記済権利証および実印を欣子と内との自由な処理に委ねた。

(三)  欣子は、控訴人から与えられた右代理権に基づき、内に対し、前記成増町の土地上に軽量鉄骨造一部木造陸屋根亜鉛メツキ鋼板交葺二階建店舗兼居宅一階105.78平方メートル、二階75.15平方メートルを代金約三〇〇万円で建築することを請負わせ、昭和四一年三月ころまでに完成させ、そのころ控訴人、欣子、喜ぬがこれに入居し、さらにその後内も妻子とともに右建物二階に居住していた。その間欣子は昭和四一年二月一〇日訴外上野信用金庫から金二〇〇〇万円を借り受け、その担保として控訴人所有の前記成増町三四一番六の土地に抵当権を設定し、右借入金をもつて内に対する右請負代金の一部を弁済した。また、内は同年三月三一日に右建物について控訴人のため所有権保存登記手続をなした。

(四)  その後内は、自己の事業資金に充てるため控訴人の名義を冒用して金員を借り受けようと考え、昭和四一年六月二七日ころ、控訴人自身と称して金融業を営む訴外共栄不動産金融株式会社を訪れ、さきに控訴人から預つていた前記本件第一の土地の登記済権利証、ならびに欣子から借受けた喜ぬ所有名義の本件第二の土地および原判決別紙目録第三ないし第五の土地の各登記済権利証等を示し、これを担保として金融方を申入れた。

(五)  そこで右訴外会社においては、偶々会社手持ちの資金が足りなかつたことから、社員である被控訴人岡田が自己の金員を貸付けることとし、担保物件として示された本件土地等の現況を調査するとともに、借主という控訴人らの真意も確認するため、同月二八日ころ被控訴人岡田が前記成増町の控訴人方を訪ねたところ喜ぬが在宅していたので、同人に対し、控訴人が被控訴人岡田から金一、三〇〇、〇〇〇円を借入れるにつき喜ぬ所有の前記四筆の土地に抵当権を設定し、かつ債務を弁済しないときは代物弁済として右土地所有権を移転するか又は同土地に賃借権を設定するについて承諾するかどうかを確めたところ、同女もこれを承諾する旨の回答を得た。

(六)  この結果、被控訴人岡田は内の申入れを了承して前記不動産を担保として金一、三〇〇、〇〇〇円を貸付けることとしたが、被控訴人岡田としては、控訴人の氏名を冒用していた内を控訴人自身と誤信して、昭和四一年六月三〇日、金一、三〇〇、〇〇〇円を弁済期同年八月三一日、利息月三分、期限後の損害金日歩八銭二厘との約定で、弁済期まで二月分の利息を天引のうえ貸付け、内は控訴人から与えられていた前記代理権の範囲を越え、控訴人の名義で本件第一の土地の、また喜ぬの代理人と称して本件第二の土地および原判決別紙目録第三ないし第五記載の土地の前記各登記済権利証を被控訴人岡田に交付し、かつ控訴人ならびに喜ぬの実印を使用して控訴人ら名義で金員借用抵当権設定契約証書を作成し、また南生建設内俊孝振出金額一、三〇〇、〇〇〇円、満期昭和四一年九月三〇日、支払地、振出地東京都板橋区なる約束手形一通の裏書欄に第一裏書人として控訴人の記名押印をし、これらを被控訴人岡田に交付することにより、右各土地につき右債務担保のために抵当権を設定し、債務不履行の際は代物弁済として前記各土地所有権を移転し、又は賃料一か月坪当り金一〇円、期間三年とする賃借権を設定する旨の各予約をとげて右金員を受領し、同年七月一日これらを原因として前記各土地に抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記、停止条件付賃借権設定登記を経由した。

(七)  内は、さらに、控訴人と称して同年八月三一日前記共栄不動産金融株式会社に金融を申込み、同会社員の訴外大木孝二から前同様の契約書、約束手形を差入れて金七〇〇、〇〇〇円を弁済期一か月後、利息月三分、損害金日歩九銭八厘六毛との約定で借り受け、控訴人所有の前記成増町の土地建物に抵当権、代物弁済予約等の担保を設定することを約した。

(八)  被控訴人岡田は、前記貸金の弁済期を過ぎても弁済がなく、また右大木の貸金についても弁済を得られなかつたため、再三その履行を催告した後昭和四二年一月初ころ、右内および大木らと相談の結果、被控訴人岡田において大木の控訴人に対する右金七〇〇、〇〇〇円の貸金債権および抵当権等の権利を譲り受け、その元利金債権ならびに自己の貸金一、三〇〇、〇〇〇円に対する元利金債権の弁済に代えて前記担保のうち本件土地二筆の所有権を取得する旨を合意し、そのころ本件土地につき代物弁済予約完結の意思表示をなし、内から必要書類の交付を受けて同月一六日に被控訴人岡田のための本件土地所有権移転登記手続を経由した。

また、内は右合意にもとづき控訴人名義で、代物弁済されても異存がない旨の念書を作成してこれを被控訴人岡田に差入れていた。

以上の各事実が認められる。〈証拠〉中上記認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して直ちにこれを措信できず、〈証拠〉も右認定を左右するものではなく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

してみれば、控訴人は、内に対し、成増町に建設するマーケツト用建物建築資金調達のために他から金員を借入れることおよび右借入についての担保として自己所有不動産を提供することにつき控訴人を代理する権限を授与していたものというべく、内はその代理権の範囲をこえて、本件第一の土地を担保に被控訴人岡田から控訴人の名において自己の事業資金を借り受け、これに抵当権を設定し、代物弁済の予約等をなし、かつその予約完結の意思表示を受領したものと認めるのが相当であり、前認定の諸事情からみて、被控訴人岡田が内のなした各行為につき、内が控訴人を代理する権限を有するものと信じたことはやむを得ないものというべきであり、正当の事由があつたものということができるから、控訴人は内のした右行為につき本人としての責に任ずべきものである。

そして、本件第二の土地については、借入当時の所有者である喜ぬにおいて担保提供を承諾したことは前認定のとおりであるから、同土地に対する被控訴人岡田の抵当権設定、停止条件付所有権移転仮登記等の各登記はいずれも同人の意思に基づく有効なものであり、喜ぬの死亡により控訴人が同土地所有有権を取得すると共に子としてその権利義務を承継したことは当事者間に争いがないから、控訴人は、同土地につき喜ぬが負担した代物弁済予約上の地位をも承継したものというべきである。そして、右土地につき被控訴人岡田がなした予約完結の意思表示についても、控訴人は本人としてその責を負うべきことは、前叙の理由により明らかなところといわなければならない。

四しかして、前認定の事実によれば、被控訴人岡田は、自己の金銭債権の満足を図るため、債務者たる控訴人ら所有不動産につき抵当権の設定を受けるほか、代物弁済の予約をなし、債務不履行のときは右不動産の所有権を取得して自己の債権の弁済にかえることを約し、停止条件付所有権移転仮登記をなしたものであるから、右代物弁済の予約は、自己の債権の満足を図るための仮登記担保権を設定したものというべきところ、〈証拠〉によれば、被控訴人岡田は、貸金債務が履行期に遅滞したときは本件土地等に対する代物弁済予約完結の意思表示をなすことにより目的不動産を処分する権能を取得し、これに基づき当該不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめて自己の債権の弁済を得る趣旨で右仮登記担保権を設定したものと認めるのが相当である。

五控訴人は、被控訴人岡田のなした本件土地に対する代物弁済の予約およびその完結の意思表示は、公序良俗に違反した無効のものである旨主張するところ、〈証拠〉によれば、本件土地は昭和七年ころから被控訴人鳥取が賃借して地上に建物を所有していたものであり、代物弁済予約当時である昭和四一年六月三〇日現在の更地価格から借地権価格を控除した底地価格は合計金六、二二九、二八〇円、代物弁済予約完結時である同四二年一月一六日現在における底地価格は合計金六、五三二、三四〇円であつた事実が認められ、被控訴人岡田の債権額に比し必ずしも均衡を有するものとはいえないが、右代物弁済の予約は、前認定のように仮登記担保契約であつて、債権者たる被控訴人岡田は代物弁済の結果、その有した債権額と右不動産の評価額との差額を清算する義務を負うものであるから、右価額と債権額とが均衡を失するからといつて、直ちに、右代物弁済の予約およびこれに基く完結の意思表示を債務者の窮迫等に乗じた暴利行為と断ずることはできず、他にこれを無効とすべき特段の事情が存する事実を認めるに足る資料はないから、控訴人の右主張は採用しない。

六ところで、適正評価額による所有権取得の方法を定めたいわゆる帰属清算方式の仮登記担保契約にあつては、仮登記担保権者がその不動産の所有権を自己に帰属させた時期を基準として評価清算をなし、その清算金支払義務を負担するものというべきところ、本件土地を被控訴人岡田が取得した昭和四二年一月一六日当時における本件土地の合計価額は前認定のとおり金六、五三二、三四〇円であり、控訴人が負担していた債務は、金一、三〇〇、〇〇〇円から天引利息三分の割合による二月分金七八、〇〇〇円を利息制限法所定の利率によつて計算し、元本充当額金四七、四五〇円を差引いた昭和四一年八月三一日における残元本金一、二五二、五五〇円ならびにこれに対する同年九月一日から昭和四二年一月一五日まで制限利率の範囲内に引直した年三割の割合による約定遅延損害金一四一、〇四〇円を加算した合計金一、三九三、五九〇円、および当事者間において本件土地の代物弁済に際して合意した前示金七〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四一年九月一日から同四二年一月一五日までの利息、約定遅延損害金合計金八四、三七三円(昭和四一年九月一日から同月三〇日までの年一割八分の割合による利息金一〇、五〇〇円と同年一〇月一日から同四二年一月一五日まで年三割六分の割合による損害金七三、八七三円の合算額)との合計金七八四、三七三円、以上総合計金二、一七七、九六三円と算出されるところ、控訴人がそのうち金三〇、〇〇〇円を弁済した事実は当事者間に争いがなく、その充当の指定がなされたことを認めるに足る資料はないから、右弁済額は、結局、利息金の支払に充当されるべきものというべく、これを控除すれば残存債務額は金二、一四七、九六三円となり、被控訴人岡田は同額の債権を有していたものであるから、結局被控訴人岡田は控訴人に対し金四、三八四、三七七円の清算金を支払わなければならなかつたものというべきである。

控訴人は、そのほかにも右貸金債務を弁済した旨主張するけれども、これを確実に認めさせるに足りる資料はない。

七したがつて、被控訴人岡田は、ほんらい右清算金を支払つて本件土地の所有権移転登記手続をなすべきであつたものというべきところ、これを支払わないままに本件土地所有権移転登記を経由したものであることは弁論の全趣旨に照らして明らかである。そして控訴人は、右清算金の支払いが未了であるから、本件土地の所有権は被控訴人岡田に移転していない旨主張する。

しかし、いわゆる帰属清算方式の仮登記担保契約において、債権者が仮登記担保権を実行した場合において、債務者が清算金支払いを受けるまで本登記手続義務の履行を拒むこともなく、またその債務の弁済をもなさないままに、任意に、目的不動産の所有権移転登記に応じ、債権者がその目的不動産の所有権を取得したとして、善意の第三者に換価譲渡し、その所有権移転登記を了したときは、その不動産の所有権は確定的に債務者から移転し、債務者は右不動産の所有権を取り戻すことはできず、単に清算金の支払いを求め得るに過ぎないものというべきところ、〈証拠〉によれば、被控訴人岡田は昭和四二年一月一六日本件土地につき代物弁済予約完結による所有権移転登記を経由したうえ、同日本件土地を被控訴人株式会社不動産センターに代金二、四〇〇、〇〇〇円で売渡し、さらに同不動産センターは同年二月二日これを被控訴人鳥取に代金三、七〇〇、〇〇〇円で売渡し、それぞれ所有権移転登記を経由し、当時右被控訴人らは善意であつた事実が認められるから、本件土地所有権は完全に被控訴人らに移転し、控訴人は前記清算金の支払いを求め得るに過ぎないものというべきである。

ところで、被控訴人岡田が控訴人に対し、右清算金を含む金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を和解金として支払うべきことを申し出で、その受領を催告したが、控訴人が右提供金員の受領を拒んでいたことは当裁判所に顕著な事実であり、被控訴人岡田が右清算金の弁済として、昭和五一年九月一七日金五、〇七〇、五九四円を供託したことは〈証拠〉によつて明らかであるから、右供託により被控訴人岡田は、本件土地の仮登記担保契約における清算金の弁済を了したものと認めるべきである。

してみれば、被控訴人らの本件土地について有する各所有権移転登記はいずれも有効のものというべく、右登記の抹消登記手続を求める控訴人の本訴主たる請求は、爾余の点について判断するまでもなく理由がない。

八控訴人は、予備的請求として、被控訴人岡田に対する前示貸金元利金債務の弁済と引換えに本件土地に対する所有権移転登記の抹消登記手続を求めるが、本件土地の所有権は、被控訴人岡田において換価処分した時に確定的に移転し、控訴人は単にその清算金請求権を有するに過ぎないことは前認定のとおりであるから、控訴人の右主張はそれ自体理由のないものというほかはない。

九控訴人はさらに、仮登記担保契約における仮登記担保権の実行についても民事訴訟法第六七五条の規定を準用すべきである旨主張するが、仮登記担保権の実行に同条の規定を準用すべきものとは解されないから、この主張を採用することはできない。〈以下、省略〉

(江尻美雄一 滝田薫 櫻井敏雄)

目録〈省略〉

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